読書案内 : Introduction to philosophy of technology (Coeckelbergh, M. 2019)
書誌情報 Coeckelbergh, M., Introduction to philosophy of technology, Oxford University Press, 2019. 解説 気鋭の技術哲学者、クーケルバーグによる技術哲学の入門書。技術哲学の歴史について体系的に知ることができるだけでなく、具体的な技術をめぐる哲学的考察の現状や、そもそも技術哲学というものがどうあるべきかなど、広範なトピックが扱われている。また、各章末には内容を復習するための問いや議論を深めるための問い、さらなる読書案内が準備されているため、技術哲学の初学者がこの分野の土地勘をつけるための第一歩として最適な一冊となっている。それと同時に、各章ではところどころにクーケルバーグ自身の立場が打ち出されており、本書はそれ自体で彼の哲学の入門書として読むこともできるだろう。 本書は4つのパート(概略と歴史、理論の変遷、具体的な事例、方法論的検討)に分かれており、全体で13章構成である。 まずパート1では、技術哲学の歴史が簡単に解説されている。ここでは19世紀のエルンスト・カップから始まり、技術そのものの発展に応じる形で19-20世紀の思想家たちがいかにして技術哲学のベースを作り上げてきたのかが説明されている。ここで特徴的なのは、日本語の文献では情報が得づらいハイデガー以降の流れ(たとえばカール・ミッチャムの「工学的」技術哲学)についても紹介されている点、今後の技術哲学の発展の方向性についてクーケルバーグ自身の見解が述べられている点である。 パート2では技術哲学の理論が概観されている。ここでは具体的に、ハイデガーやマクルーハンの現象学や解釈学(3章)、ポスト現象学や物質的解釈学、媒介理論(4章)、批判理論とフェミニズム(5章)、プラグマティズムや分析哲学(6章)などについてまとめられている。これらの理論が体系的に紹介されていること自体珍しいことだが、それぞれの理論についてこれまでどういった批判がなされてきたのかを二次文献の情報を示しながら紹介していることは特筆に値する。 パート3は、個別具体的な技術の事例から考察を始め、これまで紹介されてきた技術哲学のアプローチがどのように適用可能なのかが検討される。ここでは具体的に、情報技術の倫理(7章)、ロボットの道徳的身分と人間との関係性(8章)、サイボーグやトランスヒューマン技術(9章)、気候変動や人新世(10章)が扱われている。これらの章は内容的に独立しており、読者は自身の関心に基づいて好きな章を選んで読むことができる。 最後のパート4では、以上を踏まえてこれからの技術哲学のあり方について検討される。具体的には、哲学の他の分野との接続可能性(11章)や哲学以外の他の学術領域との連携(12章)、アカデミア外との連携(13章)が言及され、現在の技術哲学にどのような取り組みや方向性があるのかが紹介された上で、クーケルバーグ自身の批判的検討がなされる。彼自身が述べるように、技術哲学のアプローチは多種多様であり、現在でも新しいアプローチが試され続けている。技術哲学の方法論を知る目的でこのパートを読めば、翻って技術哲学は方法論自体が探求中なのだと気付かされるだろう。 本書にはコラムとして本文で取り上げられている哲学者の簡単な紹介や、具体的な技術の問題にフォーカスしたエッセイがところどころに挿入されており、初学者が代表的な論者を把握しつつ、かつ技術にまつわる現実の課題について考察できるように工夫されている。また、この分野で研究を始めようとする場合、基本的な概念やトピックを理解するだけでは十分ではなく、具体的にどのような論者がどのような論争を繰り広げてきたのかを知る必要がある。この意味において、多数の二次文献に言及する本書は技術哲学を始めるためのよい橋頭堡となりうるだろう。なお、本書は本案内の執筆者を含む翻訳チームによって邦訳版が出版される予定である。 著者紹介 マーク・クーケルバーグ(1975-)は、技術哲学者・技術倫理学者。ウィーン大学哲学部教授。2003年、バーミンガム大学にて哲学の博士号を取得。後期ウィトゲンシュタインの思想をベースに独自の技術哲学を構築している。最近では特にAI倫理やロボット倫理学において多数の論文や書籍を発表し続けており、哲学内部にとどまらない学際的・領域横断的な研究活動を展開している。 読書案内 Coeckelbergh, M., Using words and things: language and philosophy of technology, Routledge, 2017 クーケルバーグが本書で導入している言語哲学を応用するアプローチについては本書が詳しい Peter-Paul Verbeek, Moralizing technology: understanding and designing the morality of things, University of Chicago Press, 2011.(ピーター=ポール・フェルベーク、鈴木俊洋訳、『技術の道徳化 事物の道徳性を理解し設計する』 法政大学出版局、2015年) 本書の4章で検討されているポスト現象学や媒介理論についてわかりやすく書かれている一冊。また、この本の後半にはフェルベークから見た技術哲学の歴史の概観が記されており、本書の歴史パートと見比べてみるのも面白い 執筆者 水上拓哉(2022/02/23)