読書案内:The Philosophy of Information: An Introduction


  1. 書誌情報
    The Philosophy of Information: An Introduction, The Π Research Network, 2013.

  2. 解説
    本書は、情報の哲学に従事する新進気鋭の若手研究者たちにより執筆された「情報の哲学」の教科書である。情報哲学会(Society for the Philosophy of Information)のHPにおいて無料で公開されており、難易度も学部生向けに設定されているため、(邦訳されていない点を除けば)物理的にも難易度的にもアクセスしやすい点で優れている。学部生向けの難易度ということもあり若干の物足りなさを覚える読者もいるかもしれないが、各章の最後には読書案内も設けられており、次のステップへの接続にも配慮がなされている良書だと言える。

    本書は6つのパート(入門資料、社会と倫理、知識と言語、科学における情報、形式的基礎、特集)に分かれており、全体で15章構成である。

    パート1の「入門資料」では、情報の哲学における応用的な話題を学ぶ前に押さえておきたい基礎的な話題が解説されている。第1章では、バベッジ、チューリング、シャノンを情報の哲学の起点とし、そこからサイバネティクス、英米分析系、フランス大陸系へと分岐・発展していくという歴史観を採用した、簡単な情報の哲学史が取り上げられている。それを踏まえた上で、第2章では現代における情報の哲学がどのような学問であるかが述べられる。情報の哲学の意義や主要な方法論(抽象化レベルの手法)の解説だけではなく、「哲学における良い/悪い問いとは何か?」といった哲学一般のハウトゥー要素も含まれており、学部生向けの教科書ならではの構成だと言える。最後の第3章では、ドレツキを中心とした自然主義者たちの解説がなされている。入門資料であるパート1においては本章だけ毛色が違うが、フロリディを始めとした情報の哲学に関する他書籍で自然主義が扱われることは稀なので、その点において本章の解説は貴重だと言える。

    パート2の「社会と倫理」では、20世紀以降の情報社会において新たに発生した社会的・倫理的な問題を扱っている。第4章では、情報倫理の歴史を手際良くまとめた後に、環境倫理的な発想で展開されるフロリディの情報倫理が解説されている。また、第5章では情報社会論的な話題に触れた後、フロリディのマクロ的情報倫理では扱えないような、情報社会における具体的な倫理的問題(オンラインにおける信頼、情報戦争)にも言及している。本書の6つのパートの中では、本パートが最も技術哲学に関連していると言えるだろう。特に、技術哲学においても重要なフロリディの情報倫理を手軽に知ることができるという点で有益である。

    パート3の「知識と言語」では、哲学における伝統的な問題に対して、情報の哲学がどのようにアプローチできるかが実践的に示されている。具体的には、第6章は「意味」、第7章は「真理」、第8章は「知識」に関する理論について、主にドレツキやフロリディに依拠しながら、情報の観点からの説明が試みられている。なお、第6章と第8章は情報概念に基づいて主題となる概念を説明するものである一方で、第7章は情報概念自体の真理性を扱っているという点で趣旨が異なるため、注意されたい。

    パート4の「科学における情報」では、科学の実践において情報概念がどのように関わりうるかを扱ったものだが、他のパートと比べると雑多な印象を受ける。第9章では、科学一般において用いられる「モデル」「証拠」「専門知」といったキーワードについて、情報の哲学の観点からどのように捉え直せるかを考察した後、科学哲学と技術哲学の接点を見出す試みがなされている。第10章では、認知科学という分野の歴史を振り返ることにより、情報の「入力-処理-出力」という古典的な情報処理モデルが導入された後、その古典的モデルに対する批判的乗り越えがどのように試みられてきたのかが述べられる。第11章では、主にシンタクスの観点から、「情報処理」という発想によって心の哲学がどのように影響を受けたのかが解説されている。

    パート5の「形式的基礎」では、情報を論じるうえで必要となる数理的要素を含む話題が扱われている。第12章の「論理」では、最低限の知識として命題論理と述語論理の語彙を振り返った後、情報の哲学の根底にあると考えられる3つの<論理>として「最小主義(Minimalism)」「構築主義(Constructionism)」「抽象化レベルの手法(Method of Levels of Abstraction)」が紹介される。注意したいのは、前者の「論理」(命題論理、述語倫理)と後者の「論理」が異なる意味で用いられているということだ。後者の論理はあくまでも比喩的な意味での「論理」であるが、本書ではその点についての注意書きがないため、初学者の混乱が予想される。第13章の「計算」では、情報概念と混同されがちな計算概念についての説明がなされる。歴史のどの段階において情報概念と計算概念が混同され始めたのかについても言及しながら、「計算可能性」「チューリングマシン」「デジタル/アナログ計算」といった重要な概念を簡潔に整理している。

    パート6の「特集」では、これまでのパートでは扱いきれなかったより発展的な話題が扱われている。第14章の「アルゴリズム情報理論」では、シャノンに由来する伝統的な情報理論と対比しながら、アルゴリズム情報理論の概要や哲学的含意が解説されている。第15章の「人格的同一性」では、情報社会によって新たに生じたオンライン世界による人格的同一性の問題について説明がなされる。伝統的に論じられてきた「個物の同一性」に関する理論と紐づけつつも、従来はこの問題が通時的に捉えられてきた一方で、フロリディの3Cモデルなどに依拠することで、この問題を共時的に捉える考え方が可能になると整理される。

  3. 著者紹介
    情報の哲学に従事する若手研究者で構成されたThe Π Research Networkのメンバーによって執筆されている。執筆メンバーは以下の16名。Patrick Allo、Bert Baumgaertner、Simon D’Alfonso、Nir Fresco、Federico Gobbo、Carson Grubaugh、Andrew Iliadis、Phyllis Illari、Eric Kerr、Giuseppe Primiero、Federica Russo、Christoph Schulz、Mariarosaria Taddeo、Matteo Turilli、Orlin Vakarelov、Hector Zenil。

  4. 補足と読書案内
    情報の哲学の大家であるフロリディによると、情報の哲学とは(a)「情報概念の分析・精緻化」と(b)「情報科学等における方法論の哲学的問題への応用」を行う分野である。本書は学部生向けの教科書として幅広い話題をカバーしているものの、やや(b)の話題に偏っている印象を受ける。たとえば、「多義的な情報概念がどのように整理されるのか」、「意味論的情報の情報量はどのように測ることができるのか」といったような(a)の話題は扱われていない。前述の通り、本書では各章末に読書案内が設けられているが、以下では、本書ではあまり扱われなかった(a)の話題を扱っているものの一部を紹介する。

    ・Floridi, L., 2010, Information: A Very Short Introduction, Oxford University Press.

    本書は2021年に『情報の哲学のために——データから情報倫理まで』として邦訳されている。本格的な学術書ではないものの、多義的な情報概念を見取り図の形式で整理しており、日常生活や学問の様々な場面で情報概念がどのような意味で使用されているのかを易しく解説してくれているため、入門書として適している。

    ・Floridi, L., 2011, The Philosophy of Information, Oxford University Press.

    同じくフロリディによる著作であるが、こちらは論文集ということもあり、やや難易度は高い。こちらも2021年に邦訳が出ているが、学術的な使用に耐えないので紹介は割愛する。本書の第5章では意味論的情報の情報量理論が論じられている点で貴重。

    ・Fox, C. J., 1983, INFORMATION AND MISINFORMATION: An Investigation of the Notions of Information, Misinformation, Informing, and Misinforming, Greenwood Press.

    「情報の哲学」という分野がフロリディらによって確立される約20年前に、情報概念について本格的に分析した古典的名著。残念ながら邦訳はない。現在フロリディが旗振り役となっている情報の真理性テーゼは、フォックスの議論からも大きく影響を受けている。

  5. 執筆者
    榎本啄杜(2022/05/28)