読書案内:“Need satisfaction, passion and wellbeing effects of videogame play prior to and during the COVID-19 pandemic,”


  1. 書誌情報
    Jessica Formosa Daniel Johnson Selen Türkay Regan L. Mandryk “Need satisfaction, passion and wellbeing effects of videogame play prior to and during the COVID-19 pandemic,” Computers in Human Behavior Volume 131, June 2022, 107232

  2. 解説
    2020 年の COVID-19(以下、コロナウイルス)の流行から 2 年以上が経過した。この間、東京オリンピックの延期や世界的な景気後退などに見舞われ、社会・経済情勢は大きく様変わりし た。こうした時事的な話題の背後で、コロナウイルスそのものを医学的に研究する動向に加え、 コロナウイルスによってもたらされた、我々の文化観や価値観の変化等を分析する動向が加速し ている。その動向は技術論やメディア論などの分野にも波及し、人間と技術の媒介という事象を 改めて問い直す動きも出始めている。

    そのさなか、一本の興味深い論文が 2022 年 6 月に投稿された。そこには、技術論およびメデ ィア論で市民権を得るようになった「ビデオゲーム」が、心理学の観点からコロナウイルスに侵 されている人々の日常生活に効用をもたらす可能性があることが力説されている。このことはつ まるところ、人間社会や文化などのマクロレベルでの変化のみならず、人間の心理や価値観など のミクロレベルでも、コロナの流行は変化を引き起こしている可能性を示唆していることを意味 する。今回はこの論文を取り上げることで、コロナ禍と研究者の目指すべき道筋の一端を探求す る。

    論文構成としてはまず初めに、近年のビデオゲームに関する研究に触れながら、コロナ禍で 人々が外出規制等により強いストレスを受けていること、およびそうしたストレス解消のために ビデオゲームが用いられていることを指摘している。ここで著者たちは、ビデオゲームが必ずし も、ストレス解消に最適な道具ではないことに留意しつつも、ビデオゲームがプレイヤーのウェ ルビーイングに良い影響を与える可能性があることを主張している。そこで彼らは、その影響と は具体的にどのようなものかを、「自己決定理論(SDT)」と「情熱の二元モデル(DMP)」を基 に分析している。

    SDT とは、社会環境の下で人が自身の心理的欲求を満たすことに焦点を当て、包括的なフレー ムワークを提示することを目的とした理論である。一方、DMP とは情熱に関する動機づけを、 情熱を調和的情熱(HP)と執着的情熱(OP)の2元モデルから分析することに焦点を当てた理 論である。この二つの理論が、ビデオゲームをプレイする際の心理的影響の考察に有効であるこ とを説明する傍ら、ビデオゲームのプレイが日常生活を営む上でどのような影響を与えているか に関する先行研究や、OP を主眼とした先行研究が少ない点を問題視している。

    そこで著者たちは上記の点を踏まえながら、「労働」と「学び」をキーワードに、17 歳以上の 男性・女性・ノンバイナリー212 名を対象に、アンケート調査を実施した。その結果、ゲーム内 の欲求充足は、 HP とより強く関連していることが示された一 方、人生の重要な領域で欲求が 満たされなかった結果が、OP の数値に影響を与えていることが判明している。また、先行研究 と照らし合わせた結果、 OP との関連性に関して、欲求不満は欲求充足よりも影響力のある役割を担っていること、加えて仕事や勉強を通じて満たされる欲求とビデオゲームをプレイすること による欲求充足の間には、大きな差がない可能性があることを示唆している。さらにビデオゲー ムプレイに対する HP と OP の両方が、ビデオゲームの問題行動に大きな影響を与えており、ゲ ーム内欲求充足が大きいほど、問題のあるゲームプレイと関連する可能性が高いことを示してい る。

    上記の点も踏まえながら著者たちは、人生の重要な領域で欲求が満たされない場合、OP が生 じる可能性が高くなると同時に、問題のあるゲームプレイが発生する可能性が高くなる点を指摘 している。またもしも、これらの重要な領域で欲求が満たされ、なおかつビデオゲームを通して も欲求が満たされるならば、HP の可能性は高くなり、その結果ビデオゲームによる問題行動の 可能性は著しく低くなると結論づけており、ゲーム内欲求充足だけを満たすことは危険であるこ とを暗に示唆している。

    この後、著者たちは二つ目の研究結果を公開している。研究手法は大まかには先の研究と同様 ながら、研究項目にコロナ流行以前および以後を含めている。その結果、毎週ビデオゲームをプ レイする時間は流行前後で有意に増加したが、報告されたゲーム内欲求充足度は減少したこと、 ゲーム内欲求充足は HP とより強く関連するが、人生の重要な領域における欲求不満のみが OP と関連することが判明している。

    こうした結果を踏まえながら、先の研究1との間に大きな差が生じなかった項目が指摘される 一方、研究2に特徴的だった点として、研究 1 と比較して ウェルビーイングの結果で有意差が 見られ、ストレスや困難な時にビデオゲームに夢中になることが重要であることが明らかになっ た点が挙げられている。これはつまり、コロナ禍においてビデオゲームをプレイすることは、OP になるとより機能不全的な遊びの習慣につながる可能性がある一方で、コロナ流行以前よりもウ ェルビーイング効果が得られる可能性が高いことを意味している。

    以上の分析を概観してみると、コロナ禍で巣ごもり需要の高まったビデオゲームには、使い方 次第でプレイヤーの心理的苦痛や不安を和らげる可能性が、コロナ禍以前よりも高まっているこ とが実証されたと言える。今後は、この研究報告が日本国内にも適用できるのか等に関して、さ らなる裏付けを取ることが重要視される。その際に注意すべき点として、著者たちも述べている ように、研究参加者が地理的に多様である場合、感染の重症度や住んでいる場所の制限によって、 データに少なからず偏りや誤差が生ずることを考慮する必要がある点を挙げることができる。こ のことは今回紹介した心理学に携わる者のみならず、技術論やメディア論の研究者にも求められ る必須スキルであると考える。こうしたリフレクションを読む者に与えてくれるという点でも、 本論文に欠かすことのできない重要な文献である。

  3. 著者紹介
    論文執筆者は、ジェシカ・フォルモサ、ダニエル・ジョンソン、セーレン・ターキー、リーガン・L・マンドリクの4名である。このうち、マンドリクがカナダのサスカチュワン大学、他 3 名 がオーストラリアのクイーンズランド工科大学に所属している。

  4. 読書案内
    以下では、今回取り上げた心理学的観点からのビデオゲーム擁護に対して、発育や身体的健康面の観点からビデオゲームの使用に警鐘を鳴らしている、比較的読みやすい文献を紹介する。

    ➢ 大石寛人.2021.『子どもの目が危ない 「超近視時代」に視力をどう守るか』、NHK 出版.

    ➢ 佐野英誠.2021.『ゲーム依存から子どもを取り戻す』、育鵬社.

    ➢ 田中充・森田景史.2021.『スポーツをしない子どもたち』、扶桑社.

    ➢ 養老孟司.2022.『子どもが心配 人として大事な三つの力』、 PHP 研究所.

    この他、海外の研究者たちの成果がコンパクトにまとめられている文献として、以下の二冊を推薦する。これらの文献では、ビデオゲームの使用に警鐘を鳴らすことを主眼とするよりも、ビデオゲームが子どもの教育にどのような影響を与えているかを、中立的な視点で検討することが重視されている。

    ➢  バトラー後藤裕子.2021.『デジタルで変わる子どもたちー学習・言語能力の現在と未来』、筑摩書房

    ➢  トレーシー・バーンズ&フランチェスカ・ゴットシャルク 編.2021『教育のデジタルエイジ 子どもの健康とウェルビーイングのために』西村美由起 訳、明石書店.

  5. 執筆者
    武田拓也(2022/05/29)