読書案内:“The ethics of crashes with self-driving cars: a roadmap, I, II”


  1. 書誌情報
    Nyholm, S (2018) The ethics of crashes with self-driving cars: a roadmap,Ⅰ,II, Philosophy Compass, vol.13, no.7, e12506-e12507.

  2. 解説
    本論文はタイトルが示すように、自動運転による事故が起きた際の倫理問題に関する議論を網羅的に概観するロードマップとなっており、前後編2本の論文から構成されている。

    現在、GoogleやBMW、Tesla、Uber、などの大企業が自動運転の開発に取り組んでおり、既に実証実験で事故を起こすケースも発生している。例えばTeslaは2016年に自動運転の実験車がトラックと衝突し、自動運転車に搭乗していた男性が死亡している。また2018年にはUberのテスト車両が歩行者と衝突事故を起こし、初の歩行者死亡事故になった。これらの事故を踏まえて、Nyholmは自動運転車の衝突事故が単なる仮説的な思考実験の材料ではなく、現実に人命にかかわる倫理問題であると述べている。

    前編のThe ethics of crashes with self-driving cars: a roadmap,Ⅰでは自動運転のプログラムをどのように設定しておくことが倫理的にもっとも妥当であるかについての議論、トロッコ問題のジレンマと自動運転を類比した議論、既存の規範倫理理論(功利主義、義務論、徳倫理、契約主義)の観点からの自動運転の考察について概観している。

    後編のThe ethics of crashes with self-driving cars: a roadmap,Ⅱでは自動運転が事故を起こした際の責任帰属の問題、自動運転の普及と共に発生すると考えられる新たな道徳的義務の検討、自動運転車を行為者の一形態として見なし得るかについての議論が概観されている。

    本文議論一例として、Ⅱから報復の空白(retribution gaps)の議論を紹介する。報復の空白は自律的機械(軍事ロボットや自動運転車)がもたらした結果に対して、被害者などに発生する報復欲求を満たすことのできる適切な対象が不明瞭、または存在しない状態を指す。この状態の問題点として、報復の空白の存在が、道徳的スケープゴートのリスクを増加させることが指摘される。つまり、適切な報復対象を見つけたいという人間の深い欲求に対して、実際にはそのような対象が存在しない場合、人々は不適切な方法でその欲求を満たそうとする危険性がある。この報復の空白の問題を解消しようとする議論は活発になされているが、まだ明確な解決策は提示されていない。

    本論文の特徴として、自動運転の倫理問題を網羅的に概観するために非常に多くの先行研究が引用されている。そのため本論文を起点とし、自動運転の倫理問題の各論の研究材料を探すことに長けており、正に自動運転の倫理問題に関するロードマップの役割を果たしている。このことから、自動運転の倫理問題に興味があるという初学者が研究テーマを絞り込み、研究材料を探す最初の論文として適していると考えられる。

  3. 著者紹介
    Sven Nyholmは応用倫理学者、技術倫理学者。オランダのユトレヒト大学倫理研究所の助教授。主な研究分野は、応用倫理学(特に技術倫理学)、倫理理論、および倫理学の歴史。技術倫理学の分野においては、自動運転車の倫理、ヒューマノイドロボット、自律型兵器システム、深部脳刺激、エンハンスメント、などのトピックを扱っている。英語での単著にHumans and Robots: Ethics, Agency, and Anthropomorphism (Rowman & Littlefield International, 2020)が挙げられる。詳細はhttps://www.uu.nl/staff/SRNyholmを参照。

  4. Further readings
    解説で紹介した報復の空白(retribution gaps)について議論している論文を数本挙げる。

    ・Danaher, J. (2016). Robots, law and the retribution‐gap. Ethics and Information Technology, 18(4), 299–309.

    ―報復の空白(retribution gaps)という問題を最初に提起した論文。報復の空白の発生条件や危険性について詳細に論じられている。

    ・Nyholm, S. (2018). Attributing agency to automated systems: Reflections  on human–robot collaborations and responsibility-loci. Science and Engineering Ethics, 24, 1–19.

    ―報復の空白への批判がNyholm自身の行為者性概念の観点から記述されている。

    Kraaijeveld, S. (2020). Debunking (the) retribution (gap). Science and Engineering Ethics, 26, 1315-1328.

    ―義務論をメインに規範倫理理論を用いて報復の空白の解決を試みている。

  5. 執筆者情報
    林慎也(2022/5/18)

読書案内は研究会メンバーが重要・興味深い文献を紹介するコーナーです。
ご興味がありましたらぜひオリジナルの文献にあたってみてください。
(読書案内は執筆者の視点で書かれていますことをご了承ください)