読書案内:”The Evolution of Morality”


  1. 書誌情報

    Richard Joyce, The Evolution of Morality, The MIT Press, 2006.

  2. 解説

    本書が扱うのは「人間は生得的に道徳的なのか?」そして「哲学的にそれがどのような意味を持つか?」という二つの問いである。それぞれに答えるために、本書は二つのパートにわかれている。前半部分では我々がなぜ・どうやって道徳的(ここでは、道徳的判断ができるという意味で)になるよう進化してきたかを説明し、前者の問いに対しては肯定的に答えている。後半部分は、人間の道徳が生まれながらに備わっているとして、それが規範的道徳にどう影響するかを議論している。自然的事実によって我々の道徳判断や信念を支持する立場を自然主義とここでは呼んでいるが(ただし異なる主張の異なる立場があり、それぞれ詳説されている)、その正当化は困難または問題のあるものとして論じられていく。全体で六章から成り、第一章から第四章が前半部分、第五章から第六章が後半部分にあたる。

    本書の概要は以下のとおりである。

    第一章では、近縁選択、直接・間接互恵性、群選択といった重要な概念を説明しつつ、人間の超社会性はどのように進化・獲得されてきたと考えられるかを説明している。続く第二章では、道徳の本質を説明している。協力や相互扶助も他個体にも利益をもたらすような行動であるが、道徳はそれ以上に、禁止や賞罰といった理解が必要なものである。そして、この理解には言語が不可欠だと筆者は考えており、次の第三章では言語の獲得と道徳の発達について論じている。これに続き、第四章では、いかにして・なぜ道徳判断能力が自然選択され、ある行動を賞賛したり非難したりするようになったか述べている。

    後半の第五章、第六章は、これまでの四章を受けて、人間が道徳を進化的に獲得していた場合、規範としての道徳はどのような影響を受けるかというメタ倫理的問題へと入っていく。第五章では、「である(is)からべき(ought)は出てこない」といういわゆる自然主義的誤謬から始まる。この主張はG. E. ムーアによってなされたとよく思われているが、その誤解を解きながら、四人の論者の主張を概説をし、さらに問題点を指摘している。第六章は、我々の道徳的信念をいかにして正当化できるかという暴露論証に関わる議論である。我々の道徳的信念がどのように内在化されたかという証拠があったとしても、その道徳的信念が正しいかは実は明らかとはいえない。この主張は解きがたい問題であることを論じていく。

    全体として明解に説明されているが、前半部分は進化生物学の基本的な概念、後半部分はメタ倫理や暴露論証の議論をある程度知っていないと読みづらいかもしれない。それでも種々の議論が整理して説明されているため、進化倫理学に関連するサーベイとして読むこともできるし、論考を通して気づきが得られる非常に読み応えがある文献である。

  3. 著者紹介

    1966年生まれ。現在はニュージーランドのヴィクトリア大学ウェリントン哲学科教授。メタ倫理学、道徳心理学を専門にしている。

  4. 執筆者

    福原慶(2022年6月26日)

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